【ニライカナイ琉球】

  • 場所:群馬県前橋市大友町2-25-10
  • 電話:090-5328-9036

群馬,沖縄,ライブ,飲食店,宴会

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三線紹介


「三線」という名称

三線(さんしん)の名称が、「三味線」から「三線」に統一されたのはつい最近のことである。かつては胴(チーガ)に蛇皮が用いられているということで、県外の人から蛇皮線などと呼ばれていたこともある。しかし、沖縄ではサンシンというのが通称になっている。

和名の三味線という名称が沖縄でも広く一般化したのは三線の変せん経路が遠く諸外国を経て、琉球から日本本土へ渡り、それが定着してから逆輸入されたことによるものである。

その根拠として三線の各部にすべて和名が使われていることがあげられている。

三線の各部の名称

三線の各部の名称は和名を付して細部まで紹介されている。それを見ると一ちょうの三線は大自然にたとえられ、宇宙的な広がりを思わせる。

一方ウチナーグでの名称は、かなり大雑把で各部の機能面がそのまま三線の名称となっているようである。

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三線の特徴

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三線の全長はどの型も多少の違いはあるが、平均して約77センチとなっています。沖縄の三線には6つの型があり、それを決定する箇所は、上部の天(チラ)、糸蔵(糸蔵)棹(ソー)、鳩胸(ハトムネ)の4ヶ所が中心です胴(チーガ)に隠れて見えない部分にもいろいろと細工されていますが、普段は容姿(カーギ)で見分けています。

三絃の起源と三線の由来

琉球に三線がが伝わったのは今から五七〇年前、一三九一年の察度王時代だと言われています。その起源をたどってみると三絃としての起こりは、遠く三、四千年の昔、エジプトに始まり、それがアラビヤ、ペルシャを経てインドに入り琵琶となっていました。そして一方スペインから欧州に入った三絃は今日のヴァイオリンン、マンドリン、ギター等に変わり、唐においては胴に蛇皮を張った三絃が中流以上の家庭で盛んに流行したのちに、支那経て琉球に輸入され、北上して日本に渡っていったというのが通説になっています。

 人々の暮らしと三線

沖縄では三線がどれほど人々の暮らしと関わってきたのでしょうか。 よく例えられる話に「本土では床の間に刀、沖縄では三線」というのがあります。三線は家宝として大切にされただけではなく、お互いの「和」のシンボルとしても沖縄の心をよく表現したものです。実際、現在も沖縄の人々の生活の場には「集まれば三線」というほど祝いのこと全てに三線の登場は欠かせません。たとえば、出産祝いから十二支毎の成人祝い、結婚式、新築祝い、新年の祝賀、墓の祝いまで、実にゆりかごから墓場(三線の大家の告別式において)に至るまで三線は人々と共にあると言っても過言ではありません。